美化された記憶の正体とは?  2回目を試すことの重要性とは?(ロージー・レトロスペクションetc.)

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世の中には様々な「初体験」がある。

その最初の体験で、痛烈なインパクトや、この上ない満足感を抱き、その時のことが忘れられなかったことはないだろうか?

「あのラーメン、めちゃくちゃ美味しかった!」

「たまたま行ったお店の雰囲気、めちゃくちゃ良かった!レジの人、何かすごく愛想が良かった!素敵だった!」

「あのコミュニティの会合で初めてお話した人、ビジュも最高で話しも盛り上がった!」

そして、その最高だった時の記憶を胸に、スケジュールを立て、いざ2回目を体験してみる。

すると「ん? あれ? こんな感じだったかな?? 何かあの時と違うな・・・」と感じたことはなかっただろうか?

正直、私もそんなシチュエーションはあって、ガッカリしたことも少なくない。

これを心理学の観点からアプローチすると、ありとあらゆる現象が起きていることが分かる。

①【期待値効果】一度「最高」と感じた体験は、記憶の中でどんどん美化されていく。なので、2回目の時には期待値が爆上がりしてしまっているのだ。当然、1回目と同等のクオリティであれば、期待値が高まっている分、「最高」という感じ方から下降することになる。

②【フェイディング・アフェクト・バイアス】過去の出来事というのは、ネガティブな要素が削ぎ落とされていく傾向がある。つまり、ポジティブな部分だけが残っていき、より強調されていく。

③【ロージー・レトロスペクション(美化された記憶)】これは、②のFABと少しにているのだが、②のように、ネガティブ要素が薄くなりポジティブ要素が強調されて「良い記憶」となるのではない。例えば、過去の超嫌だった人の記憶も、時が経過すると”あの人にも良いところはあったよなぁ”とか思うように、「過去の体験そのもの」を再解釈・再評価することである。

④【文脈依存効果】感じ方の評価というものには、ひとつのことではなく、いろんな条件が重なっている。その日の「体調」や「気分」、「そばに居た人のキャラクター」、「天候」、「空腹度」や「物や人に対する飢餓感」など。初体験や初対面の時の条件と2回目の条件が全く同じではないことがほとんどであることから、感じ方も変わってしまうのだ。

⑤【ヘドニック・アダプテーション(快楽順応)】 人は、最初に感じた痛烈な刺激に徐々に慣れていくもの。どうしても、初回は物珍しさや新鮮さなどの「新奇性」がある為、インパクト強いが、2回目となると、1度体験している分、その感動も薄れてしまう。

⑥【ピークエンドの法則】これは、以前のブログにも書いたことがあるが、体験の「ピーク時」と「ラスト」の記憶が良いものであれば、その体験自体が「良い記憶」となり定着すること。これを2回目にまた体験した時に、普通であれば”あれ??”となってしまう。

「美化された記憶」には、心理的にこれほどまでの現象が起きているのだ。

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当然、美化された記憶、甘美な記憶のまま残しておきたいのなら、それはそれで構わない。そのまま過去の思い出の1ページにおさめておくのも良い。

これは特に人間関係においてそうと言えるのだが、相手への印象がすこぶる高いと、やはり人はまた会いたくなる。恋しくなってしまう。

例えば、寂しがりな人や、恋人や友人を探している人は特にそう思うはずだ。

しかしそう思っているににも関わらす、失敗をおそれて2回目を行動することを避けてしまう場合がある。

「あの時に感じたことは現実なのか?今でもそう感じるのか?」やはり自分の目で見極めたいのならば、「2回目」を試してみれば良い。

私としては、人間関係において、「1回目で全てを信用すべきではない」このように考えている。

もちろん、人間関係には「相性」というものが存在する。その相性というものは、「相互の関係性」。人と人というものは、直結しているように見えて、実は「関係性、相性」というものが人と人の間に挟まっている。

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2回目を試してみる。それで少しでも「やっぱり良いなあ」と思えるなら3回目へ。

そして次、また次へ・・・

そんな風にして、相手の人間性や相互の相性を確かめていく。

人でも食べ物でもスポットでもレジャーでも趣味でも

様々な楽しかった1回目を積み重ねていく人生もあり

2回目3回目とを試していき、徐々に深めていく人生もあり

どちらを選ぶかはあなたの考え方次第

ただひとつ言えるのは

1回目も2回目も体験しなければ

「楽しい」も「つまらない」も何の感情も獲得できないということ

人生の醍醐味は「試すことの連続」

あくまでポジティブに