「希望」とは

日常茶飯事に使っているこのワード。

そもそも「希望」というこの言葉の意味とは?

辞書にはこう書かれている。

・こうなってほしいと望み願うこと。

  またその願い。

・将来に対する明るい見通し。

 

では「希望」という言葉を言い換えるとすればどんな内容がしっくりくるだろうか?

例えば私が考えるのは、

・誰もが自由平等に持つことができる願い。

・誰もが持っているが、時に見落としたり、気づきにくかったり前向きさ。

・毎日の生活の原動力になるもの。

などである。

 

どんな時に「希望」は生まれやすいのか?

・満足していない日常

・困窮した生活

・疲弊した身体及び心理状態

 

果たして、このような状況や状態であったとして、黙っていて生まれるものなのか?

いや生まれない。

 

自宅に閉じこもっていて自然に生まれるか?

いや生まれない。

 

ずっとひとりで考えていて生まれるか?

いや生まれない。

 

あるドラマでこのようなセリフがあった。

「希望とは信じられる人がいること」

確かにそうなのかもしれない。

漠然と「希望」という言葉を使っていた私であったが、その本質に気づいたのはこのセリフを聞いたその時であった。

 

でもまずは自分のことを信じられなければならない。それは「自信」。

そしてその「自信」を生み出したなら、今度は「希望」。

ひとりでできることなんてたかがしれている。

人生とは、人と人との相互関係によって成り立つ。

ひとりで世界は広がらない。

人生は豊かにならない。

 

この世の中(家族、会社の同僚や上司、友人、趣味の仲間)にひとりでも信じられる人がいれば、それが「希望」になり、 いなければそれはたちまち「絶望」となる。

自分と同じ考えでも、例えそうでなくとも、

相手を尊重する

リスペクトする

同時に自分という人間も受け入れてもらう

そのような関係性の中で「希望」は生まれ、また日々前向きに形を変えていくのではないだろうか。

 

あなたの身の回りに、信じられる人は存在するか?

「いや、そんな人はいない」と思うあなた。

では、これから信じてみようと思える人はいないか?

 

すべてはあなたの行動と考え方次第。

一度立ち止まって考えてみてほしい。

あくまでポジティブに。