「情けは人の為ならず」は本当なのか?

皆さん一度は「情けは人の為ならず」という格言を聞いたことがあるだろう。

ちなみにだか、これは「情けをかけるのは他人の為ではない。自分の為である」との意味になる。

では、他人に情けをかけることが本当に自分の為になるのだろうか?

私は「なる」と考えるし、もっと言えば、どんどん実行すべきである。

なぜなら理論的にも充分にあり得ることだからだ。

昔、「ペイ・フォワード」という子どもが主人公の映画を観たことがあった。

簡単に説明すると、

「もし自分の手で世の中を変えるならどうするか?」との教師の質問に、生徒の子どもは「自分が受けた善意を、その人とは別の3人にも送っていく」というあらすじだ。

この理論を実行したら果たしてどうなるか?

例えば、これを車の車線合流に置き換えてみよう。なかなか間に入れてくれない状態が続くことはよくあることだが、必ず前を空けてくれる車もいる。

そしたら入れてもらった方は、一応ハザードなど等で感謝の意を示すが、これでは終わらない。

後日、合流しづらそうな車を目の当たりにした時、「前に自分も入れてもらったしな」とスムーズに前に入れる行為に及ぶ。

そして、また入れてもらった人が、後日同じような場面で他の車を入れてあげる。

そもそも最初に車線に入れてもらった本人も、そのもっと前に自分が車線に入れてあげたことがあって、それが回り回ってきたのかもしれない。

今回の例は、ドライバーの日常であったが、この理論はあらゆる善意の場面に当てはまるはず。

つまり、人から受けた善意は、また日常のどこかの場面で何名かの誰かにお返しをすることで、またいつか自分が困った時に返ってくるということなのだ。

「情けは人の為ならず」という格言が後世に語り継がれているのも、無意識にこの理論を皆が信じているからではないか?

善意を善意で先に送っていくことにより、自分の人生がより豊かで充実したものになる。そんな人が増えたら世の中が変わる。そしたらその世の中に存在する自分の幸福度もまたアップする。

ポジティブな思考や動き次第で何かが変わる。